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長野県塩尻町は歴史の街!!

皆さんこんにちは。
最近、更新頻度が下がってしまっていてすみません(´・ω・`)

今回は、前回ご紹介した長野県塩尻市にある土地の写真を撮影しに行った際に、近くにある『塩尻宿』の史跡に足を伸ばしてきたのでご紹介しようと思います(*´ω`*)

 

 

塩尻宿とは

 

塩尻宿とは、中山道六十九次の内の一つで、江戸から数えて30番目の宿場。
現在の長野県塩尻市の中心部から東に進んだ塩尻町の辺りにありました。

中山道が開通した当初、今とは中山道の経路が違ったため、この『塩尻町』は存在しませんでした。
中山道開通当初は現在の長野県諏訪市から贄川宿に抜ける最短ルートっだのが、あまりに難所が多いので現在のルートに変更されたんだとか。

『塩尻宿』の概要が記録されている書物【中山道宿村大概帳】に天保の頃の塩尻宿の情報が残っているので少しここでご紹介していきたいと思います。
塩尻宿内の家数は166軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠754軒(なんと中山道六十九次で2番目!)と、かなりの規模だったことが伺えます。
当時宿内の人口は794人。
本陣は『川上家』という家で今でも跡地が残っています。

 

 

塩尻宿の見どころは?

 

塩尻宿には重要文化財に指定されている史跡なんかも存在します。
それも少しご紹介して行きましょう!

まずは重要文化財の『小野家住宅』。

 

 


こちらは1973年6月2日に重要文化財に指定されています。

小野家は江戸時代、『いてうや(銀杏屋)』という屋号で旅籠を営んでいました。

二階の客室には、鶴や松が描かれており、中でも『桜の間』では極彩色で天井にまで桜の絵が描かれいて、当時の宿場町の風景を窺い知ることができます。

そして国の重要文化財に指定されている堀内家住宅。
残念ながら今回は写真がありません(´;ω;`)

この堀内家住宅は、なんと!!!!築200年!!!!!
最近改修工事がようやく終わったんだとか。
200年という長い年月、同じ場所に建ち続けているなんて、なんとも、えも言われぬ気持ちになります。

そのほかには、脇本陣跡や、本陣跡なんかもあります。それ以外にも、建物はありませんが、それぞれの跡地には碑が建っていりします。

 

 

 

 

身近な場所でこんなにも歴史を感じられるというのは本当に素敵なことだなぁ、としみじみ感動してしまいました。

塩尻宿を抜け、木曽路に向かう途中にもたくさんの史跡があるので、こちらにお越しになった際にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

それでは今回はこのへんで!

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